書名 : 魯迅-野草と雑草
編著者 : 秋吉收
出版社 : 九州大学出版会
定価 : 5,800 円
出版年 : 2016/11 月
「芸術的完成さでは魯迅のあらゆる作品中で第一位を占める」(竹内好『魯迅入門』)。この言葉に象徴されるように、散文詩集『野草』は中国近代文学史上最高の文学者たる魯迅の最高傑作として称えられてきた。本書はこの作品集を中心に、全く新たな観点から魯迅の文学を捉え直すことを試みる。例えば、タイトルの『野草(Ye-cao)』は日本語訳としても同じく『野草』とされてきたが、よりふさわしい日本語訳として初めて"雑草"を提起する。高潔で凜とした"野草"のイメージに反して、魯迅自身は実際にはそこに日本語"雑草"の大地に根を張る荒々しい力強さを託していた。既定の殻を脱し、魯迅を本来のテキスト、その実像に回帰させることが本書の一貫したテーマである。
全体は、序章を含む全4部13章と全篇の新訳たる『雑草』から構成される。材料としては、魯迅と敵対関係にあった文人や、日本を始めとする海外の文学など、従来の魯迅研究殿堂にて忌避或いは見落とされてきた対象を敢えて掘り起こし、一次資料を駆使した緻密な調査によって跡づけていく。その結果、魯迅の最高傑作が同時代の無名作家、そしてタゴールやツルゲーネフ、さらには芥川龍之介や佐藤春夫等の日本文学からの模倣に支えられていた多くの意外な事実が明らかになった。そこには、真の近代的文人たる魯迅の意識の深層が確かに根づいている。
次々に開示される新発見は刺激的で、読者の知的好奇心を大いに満たしてくれる。周知の魯迅像を覆す極めて斬新かつ実証的な文学研究。日本人にとっての魯迅とは「阿Q正伝」や「故郷」などの小説作品が中心であったが、その文学芸術の粋たる『野草』を繙くことの意味を本書は改めて教えてくれる。中国語『野草』を初めて日本語『雑草』と訳した最新の全訳も、こなれた日本語で分かり易い。
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