書名 : 中国現代詩の歩み
編著者 : 謝冕著/岩佐昌暲編訳
出版社 : 中国書店
定価 : 4,500 円
出版年 : 2012/03 月
謝冕 著/岩佐昌暲 編訳 A5判上製/352頁
中国現代詩研究の第一人者、北京大学・謝冕教授の詩論から、現代詩の
歴史を考察した3篇の文章(うち1篇は講演記録)を選び出して編んだも
のである。
中国現代詩が始まるのは「五四」運動(1919年)の頃から。その黎明期か
ら開放政策が軌道に乗り始めた80年代末までの詩の歩みを辿った、
中国現代詩史の初めての好個の入門書。日本語訳詩130篇掲載。
目 次
岩佐昌暲と中国現代文学(謝冕)
第一部 中国現代詩の歩み(1919-49)
はじめに―清末の詩歌改良運動/実験と自己確立の時代―初期現代詩
の世界/ローマンの時代/夢と美の時代/抒情の時代の終結/血と炎
の物語―叙事詩の時代/解放と告発の時代―解放区の叙事詩/《七月》
の詩人たち/九葉派の詩人たち
第二部 新中国と共に歌う―建国三十年詩歌創作の回顧
雷鳴のなかで誕生した時代/天辺に燦然と輝く星の群れ/詩と人民は
思索している
第三部 八〇年代の中国詩
訳者あとがき
索引
日本図書館協会選定図書
激動の時代映した「心の声」
西槇偉が読む
中国現代詩は、どれだけ日本の一般の読者に知られているのだろうか。もしかして亡命詩人・北島(ベイタオ)の名を挙げられる人はいるかもしれない。しかし、ほかの詩人や作品を知っているかと問えば、ほとんど答えられないのではないか。まだ読書子に縁遠い分野といえる。 だからこそ翻訳や概説書が望まれるが、訳詩集はそれなりにあるものの、現代詩の通史はこれまでになかったというから、驚くよりもやっぱりそうかと納得してしまう。従って、日本語による初の中国現代詩史となる本書の導きで、日本の読者は未踏ともいえる中国現代詩の花園に足を踏み入れ、一巡りすることができるのだ。
1919年の五四運動のころ、文学の変革が唱えられた時期に口語による現代詩が生まれ、以後70年ほどの詩史を概観している。特に第1部「中国現代詩の歩み(1919~49年)」は文学史の記述よりも、詩人の作品を多く収めているのが好ましい。およそ3分の2の紙編を占めるこの第1部が中国現代詩のアンソロジーとなっている。第2、3部は比較的に引用作品が減るとはいえ、人民共和国建国後の30年と、1980年代の「新詩潮」をそれぞれカバーしている。 古典の定型を脱し、外来の刺激を受け、激動の時代を映して、百花繚乱の現代詩。その花の香りをかいでみることにしよう。
まず、清新な恋愛詩から。
恋人よ、おまえは水だ ─
おまえは清らかな渓流の水だ。
終日憂いもなく流れ、
飾り気もなくいつも笑っていて、
自然に樸に帰り道を忘れさせる。 (下略)
(応修人「恋人よ、おまえは水」『春的歌集』1923年)
恋愛の自由を勝ち取った世代の、それまだ男女の自由交際を認めなかった伝統儒教に対する高らかな凱歌でもあった。本書にはほかにも汪静之(ワンジンヅー)「彼女の目」、何其芳(ハーチーファン)「夏の夜」といった恋愛詩がある。恋愛詩のみでなく、さまざまな傾向の作品が現れ、1920年代には現代詩の成熟があった。
第1部よりもう一作思い出してみよう。
もし我らが戦わなかったら
敵は銃剣で
我らを殺してしまい
さらに骨に指つきつけながら
言うだろう。
「見ろ
これだ奴隷だ!」
(田間「我らもし戦わねば」1938年)
これは日中戦争勃発後、抗戦を呼びかける詩。表現は簡潔で力強い。しかし、作品は個人の感情表出というより、さながらスローガンのようで、社会との関連は極めて密接だ。本書には政治、社会を反映した作品は多い。それは中国現代詩の特色で、背負わされた運命でもある。そもその「国民文学」「写実文学」「社会文学」は、文学革命の旗手・胡適(フーシー)が「文学改良鄒義」(1917年)で打ち出した新文学のテーゼであった。
そのためか、本書で現代詩を読みながら、「現代史」に直面せざるを得ない。私はやや重い読後感をもったが、文学批評としてはむしろオーソドックスで、読みにくくはない。そして現代中国の「心の声」の歴程を受け止めることは、感性における日中の相互理解への近道でもあろう。
◇にしまき・いさむ 1966年中国遼寧省生まれ。熊本大学文学部准教授。専門は比較文学。 熊本日日新聞 2012/06/03
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